25年目の夏

事務所にはデザイナーが活けた向日葵が大輪を咲かせています

今年も8月12日が過ぎて行った。日航ジャンボ機墜落事故から、四半世紀が経過した。

25年前の夏に起きた大事故は、全く関係のない私にとっても今も記憶に残る。

当時、関西の大学に通う私は夏休みに帰省し、当時、付き合っていた東京の大学に通う後輩と金沢で再会するのが楽しみだった。

8月12日夜、ひと足先に帰省した私は東京から帰ってくる彼女を車で小松空港に迎えに行き、家に送り届けた後、「日航機がレーダーから消えた」と知ることになる。

彼女が乗っていた全日空小松便が迷走する日航機を最後に目撃した旅客機であった。

翌日、悲惨な事故だったことに驚きながらも、青春まっただ中の若いカップルはテニスに興じていた。

午前中とはいえ、夏真っ盛りである。さすがに午前中でラリーを切り上げ、休憩のため、戻ってきたクラブハウスのテレビで生存者救出活動の映像を目の当たりにすることになる。

あれから25年。この事故と、並行して続いていたグリコ森永事件、この二つの事件事故から報道の重要性を感じて、私は新聞記者の道を選んだのでした。

振り返るとこの事故は、青春の一瞬の想い出とともに今の自分に少なからず影響を与えていたのだなと改めて思い出すのでした。

(@sin_ka)

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